一仕事

一仕事

幻覚術師



「おや、未だ息がありましたか。しぶとい奴だ」


月明かりが照らし、雲も無い真夜中の路地。地には赤い斑点が浮かび、怯えて震えた呼吸音が聞こえている。そこでは肩で息をする呪詛師を前に、1人の男が堂々と立っていた。


「腕を切られて辛いだろうに。それとも夢から醒めてしまって酷く虚しい?」


糸目の男はせせら嗤い、切り落とした右腕を足で踏む。血が流れ出して水溜りを作り、呪詛師の服や男の靴を汚していく。その様子を見て、うわと声を漏らした。


「汚ったない液体だ。悍ましい事この上無い物を踏むなんて私もどうかしている...。どうやら疲れているみたいだ」


眉間を抑えてため息をつき、握っていた大鎌の柄を掴む。刃先にはべっとりと血が付着しており、光を反射するそれを持つ男はまるで死神。外套を翻して構え、呪詛師の首へ刃を向けた。


「大丈夫ですよ。最期くらいは夢を見せて差し上げます。貴方が最も望む幸福な夢で、ね。」


言葉を述べたのちに術式を発動させる。ふわりと香るツンとした香りが辺りに広がると共に、呪詛師の顔が綻んでいく。


「あ、あぁ...あぁ!母さん、美和...!!」

「...なるほど?貴方はそれが理由で堕ちたのですね。

では結構。さようなら。」


重い鎌を振り下ろして、首がゴトンと転がり落ちる。恍惚としている顔を一瞥し、振り返らずに歩いていく。


「はぁ...要らない仕事でしたね。矢張り夏樹さんがやらなくて正解だ。

さて、お暇してさっさと帰るか。」


路地から1人、人が抜けていく。

帽子を深く被り、矢車彼方は任務を終えた。

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